【都道府県】山梨県出身の有名人で打線組んだ【解説あり】

山梨県出身の有名人で打線組んだ 打線組んだ

打線組んだとは?

あるテーマについて、野球チームの打線になぞらえて紹介するネットでおなじみのコンテンツです。

ルール

  • 出身地は、出生地で統一(出生地が不明な人物は除外)
  • 選出の基準は、業績・実績・知名度・エピソードなど
  • 各種記録は、2020年2月1日時点のもの
  • 敬称は省略

山梨県出身の有名人で打線組んだ

1(中) 水上颯
2(二) 銀河万丈
3(指) 中田英寿
4(一) 武田信玄
5(左) 武田勝頼
6(三) 米長邦雄
7(右) 武藤敬司
8(遊) 内藤多仲
9(捕) 佐野史郎
9(捕) 深澤直人
先発   宮沢和史
中継ぎ  志村正彦
抑え   藤巻亮太

1(中)水上颯

人気クイズ番組『東大王』(TBS系)で活躍していたクイズプレイヤー。端正なルックスと卓越した頭脳から“東大医学部のプリンス”とも呼ばれるハイスペックモンスター。

また、かつては伊沢拓司が創設したWebメディア・QuizKnock(クイズノック)でライターも務めていた。[1] 

2(二)銀河万丈

御年71歳ながらいまだに現役で、あらゆる世代になじみのある声優。独特のバリトンボイスで悪役を演じることが多い。

代表的なキャラクターは『機動戦士ガンダム』のギレン・ザビ、『北斗の拳』のサウザー、『大の大冒険』のクロコダインなど。また、人気バラエティ『プレバト!!』(TBS系)などのナレーションでもおなじみ。

3(指)中田英寿

山梨県の韮崎高校からベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)に入団。1998年フランスW杯の活躍が評価され、セリエAのペルージャに移籍。

開幕戦では、ジネディーヌ・ジダン擁するユベントスと対戦。2ゴールをあげるなど、センセーショナルな海外デビューを飾り、ペルージャの主力選手として活躍。

イタリア2年目のシーズン途中からローマに移籍。日本人として初のセリエA優勝に貢献。以降、パルマ、ボローニャ、フィオレンティーナなどの名門チームを渡り歩いた。

また、日本代表の中心選手としても長らく活躍。日本初のW杯決勝トーナメント進出などに大きく貢献した。

中田が日本サッカー界に残した功績は大きく、日本人サッカー選手のヨーロッパ移籍への道を切り開いたパイオニアといっても過言ではない。引退後は、商品のプロデュースやデザインなどを手掛ける実業家として活動している。

主な記録

  • 2000-2001年 セリエA優勝(日本人初)
  • 日本年間最優秀選手賞1回
  • アジア年間最優秀選手賞2回

エピソード 2006年ドイツW杯

2006年6月23日、ドイツW杯の予選リーグ第3戦のブラジル戦で1-4と敗北し、日本代表のW杯は終わった。

試合終了後、中田は全てを出し切り力尽きたかのようにセンターサークル内に仰向けに倒れ込んだ。このシーンは見ている人に何かを予感させるには十分だった。翌7月、中田は現役引退を発表した。

4(一)武田信玄

山梨県出身の有名人で圧倒的な人気と知名度を誇る絶対的な4番。また、戦国大名の中でも屈指の人気を誇る。上杉謙信と5度に渡って戦った“川中島の戦い”や、徳川家康を完膚なきまで叩きのめした“三方ヶ原の戦い”が有名。

しばしば、武田信玄は戦国最強と評されることがある。信玄の戦績や当時の史料などから武田家が強かったことは間違いないが、江戸時代に徳川家康が神格化されるたことに伴い、家康が敗北した信玄も神格されたという説もある。

また、城下町の整備や、河川の氾濫を防ぐために堤防(信玄堤)を築くなど、内政面においても優れた実績を残した。

5(左)武田勝頼

武田信玄の四男で、信玄の死後武田家の当主となる。“長篠の戦い”において、織田信長・徳川家康の連合軍に敗れた。

清和源氏の流れを汲む名門・武田氏を滅した当主ということから、現代風にいうと“二代目ボンクラ社長”と思われがちだが、信玄でさえ攻略できなかった高天神城を攻略、上杉家の後継者争いの調停、武田家の最大版図を築くなど、結構実績のある大名。[2]

なお、誤解されがちだが、武田家が滅亡したのは“長篠の戦い”ではなく、それから7年後の織田・徳川連合軍の侵攻によるもの。

6(三)米長邦雄

永世棋聖にして、将棋界一の変わり者。日本将棋連盟会長を務めた。かなり独特な発言や面白エピソードがたくさんある人物なのだが、いろいろな意味で全てを紹介することは難しい。

主な記録

  • 通算1,103勝(歴代7位)
  • 名人1期
  • 王位1期
  • 棋王5期(歴代3位)
  • 王将3期
  • 棋聖7期(歴代4位、永世棋聖)
  • 十段2期
  • タイトル獲得数19期(歴代6位)

エピソード 公式サイトの写真

将棋連盟の公式サイトで紹介されている常任理事の紹介写真。他の理事たちは全員ごく普通の紹介写真が掲載されている(当然だが)。

ところが、米長だけは満面の笑みでダブルピースという破壊力満点の写真が掲載されている。[3] なお、米長は会長職にあり、一番のお偉いさん。

7(右)武藤敬司

1980年代後半から蝶野正洋、橋本真也とともに“闘魂三銃士”と呼ばれ、新日本プロレスを牽引した大人気レスラー。パワー、スピード、テクニックの全てを兼ね備えたレスラーで“ジーニアス(天才)”と呼ばれた。

その鮮やかなファイトスタイルや、シャイニング・ウィザード、ドラゴンスクリュー、フランケンシュタイナーといった見る者の目を奪う華麗な技で観客を魅了した。

信じられないかもしれないが、昔は爽やかイケメンだった。グレート・ムタの中の人。

8(遊)内藤多仲

数々の鉄塔を設計し、“塔博士”と呼ばれた建築家。代表作品は、東京タワー、古屋テレビ塔、二代目通天閣、さっぽろテレビ塔など。ゴジラやガメラが東京タワーが壊せたのも内藤のおかげ。

9(捕)佐野史郎

最終回の視聴率34.1%を記録した伝説のドラマ『ずっとあなたが好きだった』(TBS系)で、マザコンの会社員・桂田冬彦(冬彦さん)を演じて一躍有名になった俳優。[4] その後、名脇役として数々の作品に出演している。

意外なことに(?)、Twitterやインスタグラムを利用している。残念ながら、Twitterアカウントに公式マークが付いていない・・・。なんでだろう。

なお、島根県出身とされているが、出生地は山梨県なので、山梨県出身の有名人打線の一員とした。

先発 宮沢和史

THE BOOMのボーカリスト。代表曲は『島唄』、『風になりたい』、『星のラブレター』など。

島唄のイメージから沖縄出身かと思いきや、メンバー全員が山梨県出身。知った時にショックを受けた人もいると思う。

中継ぎ 志村正彦

フジファブリックの元ボーカリスト、元ギタリストで、大半の曲の作詞・作曲を手掛けていた。2009年12月24日、29歳という若さで急逝。代表曲は『若者のすべて』、『茜色の夕日』、『夜明けのBEAT』など。

特に『若者のすべて』は、今なお愛されている名曲で、ノスタルジーな気分になり涙腺を刺激される。2018年には、LINEモバイル「虹篇」のCMソングにも使用され、若い世代にも知られることとなる。[5]

また、氣志團の綾小路翔は、志村の才能を高く評価してた人物のひとり。自分の死後、人の心に何かを残せる人って心底凄いと思う。

この曲を聴いてあいつは本当に天才だと思って。で、あるときあいつが実家帰ろうか悩んでるときがあって、だったらこの曲くれねーかって本気で言ったら、実家帰るのやめますって言いました。そんな曲です。「茜色の夕日」

引用:BANKS

抑え 藤巻亮太

レミオロメンのボーカリスト、ギタリスト。ほとんどの楽曲の作詞・作曲を担当している。代表曲は『3月9日』、『南風』、『粉雪』など。

2012年にレミオロメンは活動休止。以降ソロとして活動。2017年に発売された3rdアルバム『北極星』には、レミオロメンのメンバーの前田と神宮寺が参加。[6] 

どうやら喧嘩別れではなかったようで一安心。突然、レミオロメン復活!という嬉しいニュースが飛び込んでくる可能性に期待。

まとめ

武田信玄率いる山梨県出身の有名人打線。教科書でもおなじみの武田勝頼や世界を舞台に戦った中田英寿のクリーンアップは強力。また、投手陣は人気ミュージシャンで安定感抜群。

一方、下位は少し地味で、全体的にオジさんが多いのが特徴かもしれません。若い人の人気は水上颯だよりの山梨県でした。

以上、『【都道府県】山梨県出身の有名人打線』でした。

出典一覧

*1 出典:QuizKnock WEBサイト
*2 出典:朝日新聞デジタル
*3 出典:ニッポン放送 NEWS ONLINE
*4 出典:TBSチャンネル
*5 出典:ビルボード ジャパン
*6 出典:西日本新聞