【都道府県】山形県出身の有名人で打線組んだ【解説あり】

打線組んだ

打線組んだとは?

あるテーマについて、野球チームの打線になぞらえて紹介するネットでおなじみのコンテンツです。

ルール

  • 出身地とは、出生地で統一(出生地が不明な人物は除外)
  • 選出の基準は、業績・実績・知名度・エピソードなど
  • 各種記録は、公式サイトをもとに2020年2月1日時点のものとする
  • 敬称は省略

山形県出身の有名人で打線組んだ

1(二) 冨樫義博
2(遊) 橋本マナミ
3(右) 小林武史
4(一) 伊達政宗
5(指) 藤沢周平
6(左) 支倉常長
7(三) 斎藤茂吉
8(捕) 本間宗久
9(左) 土門拳
先発   最上義光
中継ぎ  ウド鈴木
抑え   本多猪四郎

1(二)冨樫義博

『幽☆遊☆白書』が大ヒットして人気を博した漫画家。その後、短編集の名作『レベルE』の連載を経て、現在『HUNTER×HUNTER』を連載中・・・と言っていいのかは微妙なところ。

その独自性から“天才”と評するファンも少なくない。内容は間違いないのだが、問題は連載しないところ。果たして生きているうちに完結するのだろうか。

エピソード 冨樫が広めた言葉

ネットなどでよく使われる「予想をさらに上回る悪い結果」を表現する「斜め上」という言い得て妙な言葉。

この言葉は『レベルE』から生まれたという説と、もともと存在した表現という説があるが、一般に広まったのは間違いなく『レベルE』の影響が大きい。

エピソード 休載

冨樫を語る上で避けて通れないのが休載。通常の漫画の場合、連載していることが当たり前なので、休載になると話題になる。ところが、冨樫の場合、あまりに連載しないので連載が決まると話題になる。

1999年ごろから始まった休載は徐々に増え、2019年は年間連載0回という離れ業を成し遂げた。それでも冨樫の漫画は圧倒的に面白いので、ファンは我慢して待つしかない。[1]

エピソード コミックスの既刊数

1997年34号から連載開始した『ONE PIECE』は既刊95巻。1998年14号から連載開始した『HUNTER×HUNTER』は既刊36巻。

連載開始時期はおよそ半年しか変わらないはずなのに異常に既刊数の差がついている。

さらに、1年以上後から連載がスタートした『NARUTO』は全72巻で完結しており、後発の作品にダブルスコアをつけられている。

2(遊)橋本マナミ

“平成の団地妻”、“国民の愛人”という子供には聞かせられないキャッチフレーズでブレイクしたタレント、女優。

キャラクター上、どうしても壇蜜と比較されがちな人。

3(右)小林武史

日本の音楽シーンにおいて、一時代を築いた音楽プロデューサー、作詞家、作曲家、キーボーディスト。

Mr.Children、My Little Lover、レミオロメン、一青窈など、数多くのアーティストをプロデュースした。

長らくMr.Childrenとタッグを組んできたが、徐々に小林がプロデュースした楽曲は減少し、ついに小林がプロデュースした楽曲はなくなった。

4(一)伊達政宗

東北地方を代表する戦国大名。幼少期に患った天然痘により右眼を失明した。隻眼だったため、後世では“独眼竜”と称された。

家督を継ぐとわずか数年で領土を拡大し、奥州(現在の青森県、岩手県、宮城県、福島県、秋田県の一部)の覇者となった。

豊臣秀吉の小田原征伐を機に秀吉に従属。秀吉の死後は徳川家康に仕え、関ヶ原の戦いでは東軍として上杉景勝を攻めた。関ヶ原の戦いの後、居城を仙台に移し、仙台藩の初代藩主となった。

なお、右目に眼帯として刀の鍔を当てているイメージが強いが、実際にはしておらず、映画『獨眼龍政宗』での演出が初めてとされている。[2]

エピソード たられば

現代において政宗は抜群の人気を誇る戦国大名だが、ゲーム・漫画・ドラマなど、さまざまなメディアで派手な演出された経緯から、「漫画やゲームの影響」、「過大評価」と言われてしまう被害者。

また、政宗が領土を拡大した時期には、すでに豊臣秀吉による天下統一が完成しかけていたため「もう少し早く生まれていたら」、領土が京から遠い東北だったため、「もっと京に近ければ」という紹介されるとことも少なくない。

その結果、「たられば」とも言われることもしばしば。もちろん本人はそんなことは言っていない。これもまた被害者。

5(指)藤沢周平

おもに江戸時代を舞台とした時代小説を執筆した作家。代表作は、『たそがれ清兵衛』、『蝉しぐれ』など。さまざまな文学賞を受賞している。

主な受賞

  • 第69回直木賞 『暗殺の年輪』
  • 第20回吉川英治文学賞 『白き瓶』

6(左)支倉常長

イスパーニャ(現・スペイン)との通商交渉のため、主君・伊達政宗の命を受けて慶長遣欧使節団を率いてヨーロッパへ渡航した。

1度目は遭難し失敗。2度目は渡航に成功するも交渉は失敗に終わる。さらに帰国後わずか2年で死亡した。とんでもない苦労人。アジア人として初めてローマ貴族となった人物でもある。[3]

7(三)斎藤茂吉

日本を代表する歌人で、アララギ派の中心人物。死後、愛弟子(愛人)に当てた手紙を書籍として出版されてしまった。下手な文章を送ると痛い目に合うのは今も昔も変わらない。[4]

8(捕)本間宗久

株式投資やFXでおなじみのローソク足の考案者にして、坂田五法(ローソク足の並びを元にしたテクニカル分析方法)の考案者。[5][6]

江戸時代に生まれたローソク足は、現在でも日本のだけでなく、世界中の投資家たちの間で最も基本的な指標として利用されている。あまり知られていないが世界中に影響を与えたかなりの偉人。

9(左)土門拳

戦後の日本を代表するカメラマンで、リアリズム写真を確立し巨匠。土門の業績をたたえ、毎日新聞社によって土門拳賞が設立された。土門拳賞は、国内でも有数の権威ある賞で、写真会の直木賞と呼ばれることもある。

先発 最上義光

伊達政宗の影に隠れがちだが、出羽(現・秋田県、現・山形県)を統一した東北地方を代表する戦国大名。実は伊達政宗の伯父さん。

後に秀吉に仕えるが、豊臣秀次事件で娘が処刑されたことで豊臣家から離れ、かねてから懇意だった徳川家康と結びつきを強めた。

秀吉の死後に起きた関ヶ原の戦いでは、東軍に属し上杉氏を撃退。出羽山形藩の初代藩主となり57万石の大大名となった。なお、間違えられやすいが「もがみよしみつ」ではなく、「もがみよしあき」と読む。

エピソード ホウ・レン・ソウ

秀吉の小田原征伐に遅れたため、危うい目にあったことで有名な伊達政宗。そんな政宗よりもさらに遅れてしまったのが最上義光。

当然、厳しい処分が待ち受けているかと思いきや、事前に父の葬儀のため遅れるという連絡をしていたためお咎めはなかった。[7]

ホウ・レン・ソウが大切なのは、今も昔も変わらない。

中継ぎ ウド鈴木

お笑いコンビ・キャイ〜ンのボケ担当。相方は天野ひろゆき。天野はウドを「ウドちゃん」、「お前」と呼ぶが、実はウドの方が先輩だったりする。

抑え 本多猪四郎

今なお根強い人気の怪獣映画『ゴジラ』シリースの第1作か『ゴジラ』ら第6作『怪獣大戦争』まで監督を務めた人物。

第1作『ゴジラ』は、全米で公開されて大ヒットしたため、アメリカでは世界のクロサワ以上に有名だともいわれている。[8]

まとめ

絶対的4番・伊達政宗が率いる山形県出身の有名人打線。最上義光や支倉常長といった大名・武将、藤沢周平、斎藤茂吉、冨樫義博といった古今の文化人など隙がありません。

弱点は、アイドルや俳優、お笑い芸人といった現代の人気者が少し不足しているところでしょうか。

以上、『【都道府県】山形県出身の有名人で打線組んだ』でした。

出典一覧

*1 出典:hunter.noihjp.com 【ハンター×ハンター】
*2 出典:NEWSポストセブン
*3 出典:Wikipedia 支倉常長
*4 出典:サライ
*5 出典:お金のキャンパス|お金の話。もっと気楽にもっと楽しく。
*6 出典:野村証券
*7 出典:Wikipedia 最上義光
*8 出典:シネマトゥデイ