【都道府県】滋賀県出身の有名人で打線組んだ【解説あり】

滋賀県出身の有名人で打線組んだ 打線組んだ

打線組んだとは?

あるテーマについて、野球チームの打線になぞらえて紹介するネットでおなじみのコンテンツです。

ルール

  • 都道府県別の出身地で打線を組んだ(出身地は出生地とする)
  • 選出の基準は、業績・実績・知名度・エピソードなど
  • 敬称は省略

滋賀県出身の有名人で打線組んだ

1(右) 上田慎一郎
2(遊) 桐生祥秀
3(左) 井伊直弼
4(三) 石田三成
5(指) 大谷吉継
6(一) 森田まさのり
7(中) 西川貴教
8(二) 山崎まさよし
9(捕) 小野妹子
先発   浅井長政
中継ぎ  藤堂高虎
抑え   小早川秀秋

1(右)上田慎一郎

2017年に大ヒットした映画『カメラを止めるな!』の監督。およそ300万円という破格の低予算ながら、口コミやSNSで人気が広がり興行収入30億円を超える大ヒット作となった。[1]

映画のヒット以降、上田をはじめ多くの俳優陣はドラマ、映画、バラエティに出演するようになった。まさにジャパニーズドリーム。

2019年には『イソップの思うツボ』、『スペシャルアクターズ』という2本の映画を発表したが、あまり話題にならなかった。厳しい世界である。

2(遊)桐生祥秀

日本を代表する陸上選手。2016年リオデジャネイロ五輪4×100Mリレーの銀メダリスト。また、2017年には、100mで日本人初の9秒台を記録した。

五輪での快挙とともに世界最高レベルのバトンパスが話題となった。会社の朝礼のスピーチで引き合いに出したサラリーマンも多いのではないだろうか。

主な記録

  • 2016年リオデジャネイロ五輪 男子4×100mリレー 銀メダル
  • 100Mで日本人初の9秒台を記録

3(左)井伊直弼

江戸時代末期に大老(将軍に次ぐNo.2)を務めた彦根藩の大名で、日米修好通商条約を締結。

また、政敵を粛清(安政の大獄)したため恨まれ、暗殺(桜田門外の変)された人。幕末、明治維新をテーマにしたドラマでは敵役として描かれることが多い。

とりあえず“日米修好通商条約”、“安政の大獄”、“桜田門外の変”の3つを覚えておけばOKな人。

4(三)石田三成

豊臣秀吉に仕えた戦国武将、大名。徳川家康の事が大嫌いな人。武功を立てるよりも内政面で大きな功績をあげ、豊臣政権の幹部・五奉行まで出世した。

1600年、関ヶ原の戦いが起きると、三成は西軍の実質的な総大将として戦ったが、小早川秀秋の裏切りなどにより敗北。後日斬首となった。

以前は、狡猾で嫌味な秀吉の腰巾着というイメージが強かったが、近年では義理堅い人物、名君と評価が変わってきている。

エピソード 三成のエピソード

三成には、三杯の茶や秀吉の茶会、干し柿といった有名なエピソードが、それらは江戸時代以降の創作とされている。

5(指)大谷吉継

豊臣秀吉に仕えた戦国武将、大名。石田三成のマブダチ。もともと徳川家康との関係は悪くなかったが、三成に頼み込まれて西軍の一員として関ヶ原の戦いに参加した。

はじめ善戦したが、小早川秀秋の裏切りをきっかけに敵軍に囲まれたため自害した。三成に対して「家康に挑むのは無謀だ」と諫めたという説もある。

6(一)森田まさのり

不良高校生漫画の金字塔『ろくでなしBLUES』や不良高校生の高校野球漫画『ROOKIES』などが大ヒットした人気漫画家。

お笑い好きとしても有名で、現在はお笑いテーマにした漫画『べしゃり暮らし』を不定期連載中。

エピソード 好きが高じて

漫画家の長田悠幸とコンビを組んでM-1グランプリに出場し、準々決勝まで進んだことがある。[2]

7(中)西川貴教

歌唱力とトーク力に定評があるミュージシャン。代表曲は『WHITE BREATH』、『HOT LIMIT』など。

『西川貴教のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)は、8年9か月の長寿番組となった。

エピソード 滋賀県愛

滋賀県愛にあふれる西川のエピソードをざっとご紹介。

  • 滋賀県の観光大使を務める
  • 琵琶湖の清掃活動に参加
  • 音楽フェスの利益を寄付
  • 新型コロナウィルス感染拡大防止などために寄付[3]

これらの行動や日頃の言動から、滋賀県愛の深い人として知られている。そのためか、滋賀県の知事戦に出馬すると噂された事がある。

8(二)山崎まさよし

『One more time, One more chance』、『僕はここにいる』、『セロリ』など、数々の神曲を生み出したシンガーゾングライター。

また、俳優としての一面もあり『月とキャベツ』、『奇跡の人』、『影踏み』では主演を務めている。

エピソード セロリ

『セロリ』は山崎自身が出した時はあまり売れなかったが、SMAPがカバーした時はヒットした。[4]

9(捕)小野妹子

607年、遣隋使。男。

先発 浅井長政

北近江国(現・滋賀県北部)を治めていた大名。織田家と同盟を結び、織田信長の妹・市と政略結婚をした。

1570年に信長が浅井家との約束だった“朝倉家との不戦”を破ったため、長政は織田家との同盟を破棄。朝倉家とともに信長を攻撃した。

この事が原因で信長と敵対。姉川の戦い、小谷城の戦いで敗北し、長政は自害。浅井家は滅亡した。

エピソード 相関図

浅井長政の妻・市(信長の妹)は、後に柴田勝家(信長の部下)の正室(本妻)となる。

さらにその後、市の娘・茶々(信長の姪)は、浅井家を滅した豊臣秀吉(信長の部下)の側室(愛人)となる。

茶々は秀吉の子供を生み、豊臣家が滅亡するまで絶大な権力を振るうようになる。とてもカオスな相関図ができ上がっている。

中継ぎ 藤堂高虎

主を七度も変えたことから否定的な評価されることもあるが、武勇、築城、文化人として功績がある優秀な戦国武将、大名。

秀吉の生前から徳川家康に近づいていたため世渡り上手な印象もあるが、家康からは能力や忠義を高く評価されていた。

決してメジャーな武将ではないが、エピソードが豊富なのでぜひ長編ドラマの主人公にしてほしい人物。

抑え 小早川秀秋

秀吉の妻・ねねの甥にあたる大名。関ヶ原の戦いには西軍として参戦したが、東軍に寝返った。これがきっかけとなり形勢は東軍に傾き、西軍はわずか6時間で敗れた。

関ヶ原の戦いの後、岡山55万石に加増・移封されたが、わずか2年後に死去。大谷吉継の呪いという噂された。実際にはアルコール依存症による病死が有力視されている。

エピソード ハマり役

大河ドラマで2度小早川秀秋を演じたことがある俳優の浅利陽介。小早川秀秋の肖像画の表情や雰囲気があまりにも近くハマり役。

ネットでは、終身名誉小早川秀秋とも評されることもある。

まとめ

滋賀県から多くの有名な戦国武将や大名、歴史上の偉人が誕生しました。そのため、滋賀県出身の有名人打線は、偉人中心の派手さのない通好みの打線となりました。

以上、『【都道府県】滋賀県出身の有名人で打線組んだ』でした。

出典一覧

*1 出典:玄光社
*2 出典:MANTANWEB(まんたんウェブ)
*3 出典:滋賀県公式ホームページ
*4 出典:ザテレビジョン