【都道府県】奈良県出身の有名人で打線組んだ【解説あり】

奈良県出身の有名人で打線組んだ 打線組んだ

打線組んだとは?

あるテーマについて、野球チームの打線になぞらえて紹介するネットでおなじみのコンテンツです。

ルール

  • 出身地は、出生地で統一(出生地が不明な人物は除外)
  • 選出の基準は、業績・実績・知名度・エピソードなど
  • 各種記録は、2020年2月1日時点のもの
  • 敬称は省略

奈良県出身の有名人で打線組んだ

1(右) 堂本剛
2(遊) 安倍晴明
3(左) 菅原道真
4(指) 聖徳太子
5(三) 野村忠宏
6(一) 柳生宗矩
7(捕) 村田諒太
8(中) 松下奈緒
9(二) 渡辺美優紀
先発   江夏豊
中継ぎ  在原業平
抑え   牛島和彦

1(右)堂本剛

人気アイドルデュオ・KinKi Kidsのメンバー。歌唱力に定評があり、ジャニーズの歌唱力ランキングでは上位の常連。

また、俳優としても活躍しており、数々の作品に出演している。代表作は『金田一少年の事件簿』シリーズ(日本テレビ系)、『33分探偵』シリーズ(フジテレビ系)など。

公式WEBサイトが難解で閲覧を諦めた人も多いのではないだろうか。

2(遊)安倍晴明

日本一有名な陰陽師。当然、映画のように術や式神を使って鬼や妖怪を退治するのではなく、役職のひとつで占筮(竹串のような棒を使った吉凶の判断)や地相の専門家。

また、天体を観測し、異常があれば記録や占星術をおこなう天文博士でもあった。要するに国のお抱えの占い師。

なお、安倍晴明は大阪府出身という説もあるが、大阪は層が厚いので・・・。

3(左)菅原道真

平安時代の政治家。家格の低い出ながら右大臣まで上り詰めたため、貴族層からの嫉妬・反感を買い、身に覚えのない罪を着せられ太宰府に左遷された。

道真の潔白は証明されることなく、失意のまま死亡した。死後、関係者の身内が立て続けに死亡したこと、没清涼殿落雷事件などが起きたため、道真の祟りだと恐れられた。

道真を慰めるため、太宰府天満宮(安楽寺天満宮)、北野天満宮に祀った。“日本三大怨霊のひとり”と評される事もあったが、現在では“学問の神様”として有名。少しは道真も満足しているといいのだが。

4(指)聖徳太子

飛鳥時代の皇族・政治家。蘇我馬子とともに推古天皇を支え、遣隋使の派遣、冠位十二階、十七条憲法などを制定した。

また、斑鳩寺(法隆寺)、四天王寺など多くの寺院を建立した。

エピソード ミスター紙幣

聖徳太子は百円札、千円札、五千円札、一万円札の肖像画として、通算7回も使用された(歴代1位)。

さすがの聖徳太子も二千円札の肖像画になることだけは難しいかもしれない。だって二千円札は・・・。

5(三)野村忠宏

五輪3連覇というとんでもない大記録を達成した偉大な柔道家。

しかし、3度ともスポーツ新聞の1面を谷亮子(旧姓・田村亮子)に持っていかれたかわいそうな人。[1]

主な記録

  • アトランタ五輪 柔道60kg級 金メダル
  • シドニー五輪 柔道60kg級 金メダル
  • アテネ五輪 柔道60kg級 金メダル(柔道で五輪3連覇は史上初)

6(一)柳生宗矩

徳川家康、秀忠、家光に仕えた剣豪で、剣術指南役となった。

家光の信頼を得て、大和国柳生藩の初代藩主となった。一介の剣士から大名に成り上がったのは柳生宗矩ただ一人だといわれている。[2]

7(捕)村田諒太

ロンドン五輪ボクシング・ミドル級で金メダルを獲得後、プロに転向。2017年5月、アッさん・エンダムとWBA世界ミドル級正規王座決定戦を行いプロ初の敗北を喫する。

同年10月、WBA世界ミドル級タイトルマッチで再びアッさん・エンダムに挑戦し、WBA世界ミドル級チャンピオンに輝く。日本人のミドル級王者は竹原慎二以来2人目の快挙。

主な記録

  • 2012年ロンドン五輪 ボクシングミドル級 金メダル
  • プロ通算 18戦16勝(13KO)2敗
  • WBA世界ミドル級王者(防衛1回)

8(中)松下奈緒

連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』(NHK総合)でブレイクした人気女優。また、ピアニスト、歌手などマルチな分野で活躍している。

個人的におすすめの作品は、WOWOWドラマ『闇の伴奏者』シリーズ。Amazonプライムビデオなどで観ることができるので、お時間があればぜひご覧いください。

9(二)渡辺美優紀

NMB48およびAKB、SKEで活躍したアイドル。“みるきー”の愛称で親しまれた。2016年8月NMBを卒業し、以降ソロとして活動。

アイドルに限らないが、組織を離れて個人で頑張ってる人って応援したくなる。大変だよなぁ。

先発 江夏豊

阪神、南海、広島、日本ハム、西武を渡り歩るき、“優勝請負人”と呼ばれた伝説の左腕。先発、抑えとして数々のタイトルを獲得した。

リリーフのパイオニア、オールスター9連続三振、江夏の21球など、エピソードも豊富な記録にも記憶にも残る選手。

これだけの実績と知名度の選手なのにメディアへの出演が少ないのはやっぱりアレのせいかな・・・。

主な記録

  • 最多勝利2回
  • 最優秀防御率1回
  • 最多奪三振6回
  • 最優秀救援投手5回
  • 沢村栄治賞1回
  • 最優秀選手2回
  • 通算206勝(歴代21位)
  • 通算193セーブ (歴代7位)
  • 通算登板829回(歴代6位)
  • 通算2,987奪三振(歴代5位)
  • シーズン401奪三振(日本記録、認定されていないが世界一)
  • オールスター9連続三振(日本記録)
  • ノーヒットノーラン 1回

エピソード シーズン奪三振記録

稲尾和久の持つシーズン奪三振記録353の更新を狙えるチャンスだった江夏は、新記録となる354個目の三振を王貞治から奪うことを考えた。

見事、王から354個目の三振を奪ったと思ったのも束の間。王から奪った三振は江夏の勘違いで353個目の三振だった。

そこで江夏は、次の王の打席まであえて三振を奪わずにアウトを取り、見事に王から新記録となる354個目の三振を奪った。狙って三振をとるのも凄いけど、狙って三振をとらないのも凄い。[3]

エピソード 野球はひとりでもできる!?

1973年8月30日の中日ドラゴンズ戦で、江夏は11回の表までノーヒットノーラン を継続し、0対0の均衡した状況だった。

11回の裏、江夏は自らサヨナラホームランを放ち、江夏は一人でチームを勝利に導いた。試合後、江夏の発言は「野球は一人でもできる」と歪曲されて報道された。変わらないものである。

中継ぎ 在原業平

平安時代の貴族・歌人で、六歌仙・三十六歌仙のひとり。『伊勢物語』の主人公のモデルとされている。イケメンでモテ男の代表的存在。

抑え 牛島和彦

いろいろとヤンチャなエピソードをひっさげて、浪商高校からドラフト1位で中日ドラゴンズに入団。リリーフエースとして活躍。

1986年11月、落合博満との1対4トレードでロッテオリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)に移籍。通算53勝126セーブ をあげた。

引退後は解説者、横浜ベイスターズの監督を務めた。なお、出身地は大阪府だが、出生地は奈良県。

エピソード ピッチャー牛島君

第51回選抜高校野球の決勝戦8回裏、浪商は1点を追う展開だった。2アウト二塁というピンチでバッターはその日絶好調の北野。監督は伝令を使い敬遠を指示した。

高校野球の監督は、選手にとって絶対的な存在で従うのは当然。ところが、牛島は伝令に「投げてんは俺や。黙って見とけ!」と吠え、監督の指示を無視した。

これで抑えればカッコいいのだが、牛島は痛打を浴び失点した。この失点が決勝点となり、惜しくも甲子園優勝を逃した。[4]

まとめ

古都奈良らしく、飛鳥時代や平安時代の偉人が多数打線入りしました。

また、元プロ野球選手、元柔道家、プロボクサー、剣士といった肉体派の有名人も多く、男らしい(男くさい?)打線となりました。

なお、奈良県出身とされている明石家さんまは和歌山県生まれなので除外しました。

以上、『【都道府県】奈良県出身の有名人で打線組んだ』でした。

出典一覧

*1 出典:ライブドアニュース
*2 出典:奈良県歴史文化資源データベース「いかす・なら」
*3 出典:週刊ベースボールONLINE
*4 出典:現代ビジネス