【都道府県】神奈川県出身の有名人で打線組んだ【解説あり】

神奈川県出身の有名人で打線組んだ 打線組んだ

打線組んだとは?

あるテーマについて、野球チームの打線になぞらえて紹介するネットでおなじみのコンテンツです。

ルール

  • 出身地は、出生地で統一(出生地が不明な人物は除外)
  • 選出の基準は、業績・実績・知名度・エピソードなど
  • 各種記録は、公式サイトなどを参考に2020年2月1日時点のものとする
  • 敬称は省略

神奈川県出身の有名人で打線組んだ

1(遊) 桑田佳祐
2(中) 出川哲郎
3(左) 二宮尊徳
4(指) 美空ひばり
5(右) 北条氏康
6(一) 富野由悠季
7(三) 小泉純一郎
8(二) 坂本九
9(捕) 岡本太郎
先発   菅野智之
中継ぎ  田臥勇太
抑え   中村俊輔
代打   井上尚弥
代走   坂井泉水
守備   アントニオ猪木
コーチ  福本伸行
監督   山本昌
     

1(遊)桑田佳祐

青山学院大学の学生らで結成されたロックバンド・サザンオールスターズのボーカル、ギター担当。大半の曲の作詞・作曲を手掛けている。3rdシングル『いとしのエリー』が大ヒットし、人気アーティストの地位を不動のものとする。

最大のヒット曲『TSUNAMI』は293.6万枚を売り上げ、オリコンによる「平成シングル売り上げランキング」では2位となった。[1]

また、オリコンによる「平成アーティスト別トータルセールスランキング」では、9位にランクインした。[2]

また、ソロでも活動しており、『白い恋人達』、『波乗りジョニー』、『祭りのあと』など多数のヒット曲がある。

2(中)出川哲朗

かつて、「キモイ」、「ブサイク」という辛辣な言葉を浴びせられることはもちろん、「抱かれたくない男」ランキングに殿堂入りするなど、嫌われ者の代名詞といっても過言ではないほど不人気だった出川哲朗。[3]

『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)での人気爆発をきっかけに、今や多数のレギュラー番組を抱える人気者になった。また、2018年には、CM起用社数ランキング1位に輝いた。[4]

まさに、出川のバイブル『成りあがり』(矢沢永吉・著)を体現するように、日本一の嫌われ者から日本一の人気者に成り上がった。[5]

なお、人気面でのブレイクは数年前だが、お笑い芸人としてはかなり前からずっとブレイクし続けいてる日本一のリアクション芸人。

3(左)二宮尊徳

かつては「働きながら勉強した頑張り屋さん。あなたも見習いなさい」と全国で引き合いにだされ倒した人。しかし、実際には何をしたかあまり知られていない人。

さまざまな農村で“報徳仕法”と呼ばれる農地復興政策をおこなった。その実績が認められ、一介の農民から幕臣まで出世した。また、農政、土木、経済、思想など多岐にわたる分野で業績を残した。

4(指)美空ひばり

昭和を代表する歌姫。9歳で舞台デビュー、12歳で『河童ブギウギ』にてレコードデビューし、天才少女歌手と呼ばれた。代表曲は、『柔』、『川の流れのように』など。

2019年の紅白歌合戦では、“AI美空ひばり”として歌とトークを披露した。ネットでは大きな話題となり、美空ひばりがTwitterのトレンド入りした。[6]

また、これについて山下達郎ら著名人もコメントし、賛否両論が巻き起こった。[7]

5(右)北条氏康

戦国の梟雄・北条早雲(伊勢新九郎)の孫で、後北条氏の3代目。

戦国時代はどうしても織田信長が中心になるので地味に扱われがちだが、政治と軍略の両面に優れた大名で、北条氏を関東の覇者へと導いた名君。

6(一)富野由悠季

もともと映画業界を目指していたはずが、いつのまにかアニメ界の巨匠になっていたアニメ監督、小説家、脚本家。代表作は、『機動戦士ガンダム』シリーズ、『伝説巨神イデオン』など。

フリーのアニメーターとして『未来少年コナン』、『巨人の星』、『宇宙戦艦ヤマト』など、さまざまなアニメーション制作に関わった。

1979年には、総監督、原作、脚本として『機動戦士ガンダム』を制作。以後、『Zガンダム』、『ZZガンダム』などシリーズ化された。

『機動戦士ガンダム』シリーズは現在も続いており、2020年にはWebアニメとして『機動戦士ガンダムG40』が公開される。

ガンダムについていい加減なことを書くと、熱狂的なファンに怒られるので細かい部分に触れるのはやめておく。

7(三)小泉純一郎

最も人気があり、最も注目を集めた内閣総理大臣。朝日新聞の調べによる2001年4月の内閣支持率は、歴代最高の85%と国民の期待の大きさが窺える。[8]

小泉首相の特徴として、「自民党をぶっ壊す」、「聖域なき構造改革」、「痛みを伴う改革」といったインパクトの強いフレーズを使うことが多かった。

また、優勝した横綱・貴乃花に送った「痛みに耐えてよく頑張った! 感動した! おめでとう!」という有名な賛辞、自民党のCMにX JAPANの『Forever Love』を使用するなど、とにかく人の心を掴むことに長けていた。

小泉元総理の実績については賛否両論あるが、最大の功績は国民の目を政治に向けさせたことかもしれない。

8(二)坂本九

1961年に発表した『上を向いて歩こう』が大ヒット。1963年には、同曲が『SUKIYAKI』という曲名でアメリカでも大ヒットし、日本人として史上初にして唯一のアメリカのビルボード誌1位(3週連続)という快挙を成し遂げた。[9]

1985年8月、知人の選挙応援のため大阪に向かう飛行機に搭乗しところ、墜落事故(日本航空123便墜落事故)に巻き込まれて死亡した。

エピソード 日本航空123便墜落事故

坂本は国内移動の際は必ず全日空を利用していた。しかし、その日に限って全日空が満席だったため、先方が用意したのが日本航空123便のチケットだった。

9(捕)岡本太郎

“芸術は爆発だ”でおなじみの芸術家。各界の著名人でファンを公言する人も多い。ピカソに憧れ、ピカソに挑み続けた男。バラエティ番組にも出演していたため、その知名度は高い。

代表作は、“明日の神話”、“太陽の塔”、“近鉄バファローズのロゴ”など。そのほか岡本の作品は日本各地に現存するので、興味があればぜひ。

先発 菅野智之

2011年ドラフト1位で日本ハムファイターズに指名されるも入団拒否し、翌2012年ドラフト1位で読売ジャイアンツに入団。1年目から13勝を挙げると、現在までに通算7年で87勝と数々のタイトルを獲得した。[10]

近年、ドラフトで有力なピッチャーがパ・リーグのチームに入団することが多いなか、菅野はパ・リーグのエースに対抗できるジャイアンツの絶対的エースであり、セ・リーグを代表するエース。

主な記録

  • 最多勝利2回
  • 最優秀防御率4回
  • 最多奪三振2回
  • 沢村賞2回
  • MVP1回

中継ぎ 田臥勇太

日本人初のNBAプレイヤー。名門・能代工業に入学後、即スタメンとなり、3年連続で3大タイトル(高校総体、国体、全国高校選抜)を制覇し、史上初の9冠を達成した。[11]

社会人のルーキーイヤーには、通算113得点・63アシストを記録し、チームの準優勝に貢献した。また、新人王受賞、ファン投票1位でオールスターに選出など、期待通りの人気と実力を示した。

その後も多くのタイトルを獲得し、日本バスケットボール界に大きな影響を与えた。実績だけでなくCMに出演するなど、日本で最も有名なバスケットボール選手のひとり。

抑え 中村俊輔

日本代表、横浜マリノス(現・横浜Fマリノス)、レッジーナ、セルティック、エスパニョールなどで活躍したサッカー選手。

フリーキックの名手としても有名で、J1リーグの通算直接フリーキック24得点は歴代1位(2位は遠藤保仁の17得点)。[12]

主な記録

  • 2006-2007シーズン スコットランドPFA年間最優秀選手賞(欧州リーグでのMVPはアジア人初)
  • 2006-2007シーズン ベストイレブン
  • 2006-2007シーズン 年間ベストゴール賞
  • 2006-2007シーズン スコットランド・サッカー記者協会年間最優秀選手賞

代打 井上尚弥

“モンスター”の愛称でおなじみの現役最強ボクサー。わずか6戦目で世界チャンピオンになった天才。パンチ、スピード、テクニック全てが超一流で、ハイレベルなオールラウンダー。

なお、“モンスター”はジムの大橋会長による命名で、平成の怪物・松坂大輔に由来するもの。[13]

主な記録

  • 19戦19勝0敗(16KO)
  • 元WBC世界ライトフライ級王者
  • 元WBO世界スーパーフライ級王者
  • 現WBA世界バンタム級王者
  • 現IBF世界バンタム級王者

代走 坂井泉水

人気音楽ユニット・ZARDのボーカル。作詞・作曲も手掛けていた。『Good-bye My Loneliness』でデビュー。代表曲は『24時間テレビ』(日本テレビ系)のマラソンコーナーでおなじみの『負けないで』ほか『揺れる思い』、『マイ フレンド』など。

3枚のシングルと6枚のオリジナルアルバムがミリオンセラーを記録し、累計売上枚数3,700万枚を超える。[14]

また、オリコンによる「平成アーティスト別トータルセールスランキング」では、8位にランクインした。[2]

あまりTV番組に出演しないことも手伝って、神秘的で透明感のある坂井はある種のカリスマ的な人気を誇った。

2007年5月、病気療養中のために入院中の病院で転落し、脳挫傷のために死去。40歳という若さだった。

守備 アントニオ猪木

今、人気が再燃している新日本プロレスの創設者。“燃える闘魂”と呼ばれ、絶大な人気を誇った元プロレスラー。引退後は政治家へ転身した。

“闘魂注入のビンタ”、「1・2・3・ダァーッ」という掛け声など、エンターテインメント性の高いパフォーマンスや、モノマネしやすい特徴(おもにアゴ)も人気の理由。

なお、“1・2・3・ダァーッ”、“元気ですか”、”燃える闘魂”、”猪木イズム”、”ボンバイエ”など、猪木をイメージするこれらのワードは商標登録されている。意外としっかり者である。[15]

エピソード タバスコ

しばしばタバスコを初めて日本に持ち込んだ人物と紹介されることがあるが、猪木以前に輸入されいる。

正しくは、猪木が経営する会社が代理店契約をし日本にタバスコを広めたということになる。[16]

コーチ 福本伸行

ギャンブル漫画の第一人者。代表作は『天 天和通りの快男児』、『アカギ 〜闇に降り立った天才〜』、『金と銀』、『カイジ』シリーズ、『賭博覇王伝 零』シリーズなど。

福本作品の特徴は、オリジナルのゲームもしくは、既存のゲームにオリジナルのルールを加え、お金や命を賭けて闘うことが多い。

単に技量を競うものではなく、閃きや騙し合いが勝利の決め手となるため、単純なゲームながら心理戦やトリックでスケールの大きなストーリーを作り上げる。

また、福本作品に欠かせないのが独特の言葉のチョイス。“圧倒的〜”や“僥倖”などの感情表現、“ざわざわ”という擬音は福本の代名詞ともいえる。

あれこれ手を広げないで、一つ一つの作品を完結させて欲しいと願う読者は多いのではないだろうか。個人的には『零』が再開することを切に願う。

監督 山本昌

ラジコン選手、昆虫ブリーダー、元プロ野球選手。あまりに趣味がガチすぎて、“趣味が野球のラジコン選手、昆虫ブリーダー”というのが鉄板のネタになっている。

最速135km/h前後という下手をすると高校生よりも遅いストレートと得意のスクリューなど変化球を駆使して通算219勝と数々のタイトルを獲得した名投手。

山本昌を語る上で外せないのが選手寿命の長さ。早ければ20代前半で引退する選手もいるなか、50歳まで現役を続けたとんでもなく元気なおじさん。

主な記録

  • 通算219勝(歴代16位)
  • 通算先発登板514回(歴代6位)
  • 最年長出場50歳2ヶ月
  • 最年長勝利49歳
  • 最年長完投45歳
  • 最年長完封45歳
  • 最年長ノーヒットノーラン 41歳7ヶ月
  • 最多勝利3回
  • 最優秀防御率1回
  • 沢村栄治賞1回
  • 2002年全日本選手権 EPツーリングカースポーツクラス4位入賞

まとめ

東京都出身の有名人打線に負けずに偉人・有名人が多い神奈川県。神奈川県出身の有名人打線は、各界のレジェンドや今人気の有名人で構成されています。

今回も人材豊富すぎたため、残念ながら打線から外さざるをえなかった有名人を簡単にご紹介します。

  • 阿部寛/ヒット作多数の主演クラス俳優、HPが軽い
  • 織田裕二/『踊る大捜査線』シリース(フジテレビ系)主演、世界陸上
  • ムロツヨシ/人気俳優、インスタのフォロワー約315万人(男性4位)[17][18]
  • 中居正広/SMAPの元メンバー、司会や俳優として活躍
  • 香取慎吾/SMAPの元メンバー、三谷幸喜作品に多数出演
  • ゆず/『夏色』、『栄光の架橋』などヒット曲多数の人気デュオ
  • 西村博之/2チャンネルの創設者

以上、『【都道府県】神奈川県出身の有名人で打線組んだ』でした。

出典一覧

*1 ORICON NEWS
*2 ORICON NEWS
*3 AERA dot.
*4 AERA dot.
*5 出川哲朗オフィシャルブログ
*6 BIGLOBEニュース
*7 exciteニュース
*8 平成史(48)
*9 Billboard JAPAN
*10 日刊スポーツ
*11 日刊スポーツ
*12 サッカーダイジェストWeb
*13 BIGLOBEニュース
*14 Wikipedia
*15 現代ビジネス
*16 オリーブオイルをひとまわし
*17 企業やグループを除く
*18 https://instagram.userlocal.jp/