【都道府県】愛知県出身の有名人で打線組んだ【解説あり】

愛知県出身の有名人で打線組んだ 打線組んだ

打線組んだとは?

あるテーマについて、野球チームの打線になぞらえて紹介するネットでおなじみのコンテンツです。

ルール

  • 出身地は、出生地で統一(出生地が不明な人物は除外)
  • 選出の基準は、業績・実績・知名度・エピソードなど
  • 各種記録は2020年2月1日時点のもの
  • 敬称は省略

愛知県出身の有名人で打線組んだ

1(右) イチロー
2(指) 鳥山明
3(二) 豊臣秀吉
4(一) 織田信長
5(三) 徳川家康
6(捕) 源頼朝
7(遊) 前田利家
8(左) 藤井聡太
9(中) 浅田真央
先発   金田正一
中継ぎ  工藤公康
抑え   岩瀬仁紀
代打   前田慶次
代走   鈴木敏夫
守備   林修
監督   豊田章男

1(右)  イチロー

オリックス・ブルーフェーブ、シアトル・マリナーズ、ニューヨーク・ヤンキースなどで活躍した元プロ野球選手。走・攻・守三拍子が完璧に揃ったNPB史上最高の野球選手。

どのように表現しても陳腐に感じてしまうほど圧倒的な記録を残した偉大な選手。簡単にいうと平成最大のスーパースター。

イチローの現役時代を観ることができた我々は幸運といえる。

主な記録 NPB編

  • 首位打者7回(歴代1位タイ、7年連続首位打者はNPB史上初)
  • 打点王1回
  • 盗塁王1回
  • 最多安打5回(1994年〜1998年まで5年連続)
  • NPB史上初となるシーズン200本安打

主な記録 MLB編

  • 新人王
  • 首位打者2回
  • 盗塁王1回

エピソード 中日ファン

熱烈な中日ドラゴンズファンとして知られるイチロー。1994年に行われた伝説の10.8決戦では、ナゴヤ球場のスタンドで焼きそばを食べながら観戦していたことはあまりにも有名。

なお、その時のイチローは地元に住む野球少年ではなく、すでにオリックス・ブルーウェーブに所属していた立派なプロ野球選手だった。[1]

エピソード ドラフト

そんなイチローは、ドランゴンズ入団を熱望していたが、ドラフト4位でオリックスに指名されたため、イチローの夢は叶わなかった。[2]

イチローが活躍するたびに、能力を見抜けず指名する意思がなかったドラゴンズおよび当時の監督であった高木守道は槍玉に上がった。

しかし、中日はお世辞にも高卒野手の育成が得意な球団とはいえないため、ネットでは「中日に入らなくてよかった」という声もある。

なお、この意見には一部の自虐的な中日ファンの声も含まれている。

2(指)鳥山明

日本を代表する漫画家。代表作は『Dr.スランプ』、『ドラゴンボール』など。また、国民的RPG『ドラゴンクエスト』シリーズのキャラクターデザインも務めている。

メカ、動物、バトルシーンの描写に定評があり、鳥山を漫画家としての画力No.1にあげる人も少なくない。たった一つのコマを見るだけで、ワクワクさせてくれる数少ない漫画家のひとり。

説明不要だとは思うが、ドラゴンボールは歴史的ヒット作となり、累計発行部数2億5,000万部で歴代3位の売り上げを誇る。[3] また、アニメ『ドラゴンボール』はシリーズ化され世代を超えて愛されている。

1984年に連載開始した漫画にも関わらず、36年後の2020年の子供たちは当たり前のように悟空、ベジータ、ピッコロなどのキャラクターを知っている。これが本物の漫画の凄さ。漫画やアニメが文化といわれる所以だろうか。

エピソード スライム

スライムといえば、可愛い外見で最弱のモンスターというイメージだが、かつてはグロテスクな風貌の強キャラだった。

スライムが今の愛されキャラの地位を獲得したのは、鳥山が『ドラゴンクエスト』のデザインを定着させたためといわれる。

スライムの評価を180度変えた天才的なデザインセンスの持ち主。

3(二)豊臣秀吉

安土・桃山時代の武将、大名、天下人。農民(足軽説あり)から天下人まで成り上がった日本一の出世頭。

そのサクセスストーリーは映画のようで、特に晩年の本拠地だった大阪での人気は抜群。田中角栄の愛称“今太閤”の由来となった人物。

織田信長のもと立身出世し、中国地方を統治する大大名の毛利家攻略の軍団長に就任。本能寺の変で信長が殺害されると、明智光秀を倒し跡目争いで一歩リードする。

その後、織田家内の後継者争いを制し、信長に変わる天下人となる。ここまでは完璧すぎる主人公だが・・・晩節を汚し評価を大きく下げる。

エピソード イケメンは正義

信長からは「猿」、「禿ネズミ」と呼ばれ、宣教師ルイス・フロイスの『日本史』では、「身長が低く、また醜悪な容貌の持ち主で〜」と外見を酷評されている。

このあたりがイケメン説のある信長と人気の差なのかもしれない。今も昔もイケメンは正義か。

4(一)織田信長

安土桃山時代の大名、天下人。愛知県の、いや日本の4番。歴史上の人物で圧倒的人気と知名度を誇る。

おそらく日本で一番有名な日本人。経歴・業績については記する必要もないほど有名なので割愛。

大河ドラマの常連で、数年に一度のペースで本能寺で燃えている。

未来人と遭遇したり、ゲームの主人公になったり、総理大臣になったり、実は生きていたり、女の子化されたり、中二あつかいされたり、ホトトギスを殺したと思われたり・・・。

今までも、これからも有名税を払い続ける人。

5(三)徳川家康

幼い頃から織田家、今川家で人質生活を送るが、桶狭間の戦いで今川義元の死後に独立。織田信長と同盟を結ぶも家臣に近い扱いを受け、あちこち敵に回して戦ざんまい。

特に武田家との争いは熾烈で、“三方ヶ原の戦い”では、武田信玄に大敗を喫し、脱糞しながら必死で逃げた(諸説あり)。[4] 信長の死後、豊臣秀吉と争うも敗北。服従するとド田舎に飛ばされた。

とにかく苦労が耐えない半生を送った家康。秀吉の死後、艱難辛苦を乗り越えて、ついに天下統一を果たした忍耐の人。

神君・徳川家康が築いた江戸時代はおよそ260年に渡って(一応)争いのない(一応)平和な時代が続いた。これほど安定した国は他に類を見ない。

そんな偉大な人物なのに日本ではイマイチ人気がない理由は、やはり脱糞が原因かもしれない。

6(捕)源頼朝

平氏を滅ぼした源氏の頭領で、鎌倉幕府の初代将軍。日本史上初の武家政権を設立した人物(鎌倉幕府以前の平清盛の時代を含むという説もある)。

武家政権は、源頼朝の鎌倉幕府から徳川慶喜が大政奉還するまで続いた。

かつて鎌倉幕府の成立は「いい国作ろう鎌倉幕府(1192年)」と習ったが、現在では「いいハコつくろう鎌倉幕府(1185年)」が有力とされ、教科書でも採用されている。[5] 世のおじさんに時の流れを感じさせ、悲しい気持ちにさせる人。

なお、教科書でおなじみの源頼朝の肖像は本人ではなく、足利尊氏の弟・足利直義だという説がある。[6]

7(遊)前田利家

加賀百万石の祖としておなじみの戦国武将、大名。幼少の頃から織田信長に仕え、手柄を立て信長の側近となる。その後、柴田勝家の与力として活躍。

信長の死後、“賤ヶ岳の戦い”で羽柴秀吉と柴田勝家が激突。はじめ、勝家の配下として戦うが秀吉と和睦し、これを機に秀吉に仕える。

後に豊臣政権の最高幹部“五大老”の一人として豊臣政権を支えた。秀吉の死後、豊臣家の臣下として徳川家康を牽制した。

利家の死後豊臣家と徳川家の関係は悪化し、ついには天下分け目の“関ヶ原の戦い”へと進んでゆく。[7]

エピソード 歌舞伎者

前田利家の親族で有名な人物といえば、義理の甥っ子の前田慶次。前田慶次は歌舞伎者としても有名だが、利家も若い頃は歌舞伎者だった。

人格を形成するのは遺伝よりも環境なのだろうか。

8(左) 藤井聡太

史上最年少で三段に昇段を果たして注目を集めた棋士。

プロデビュー戦から連勝を重ねる藤井の活躍によって、羽生善治以来の将棋ブームを巻き起こした。現在も数々の最年少記録を更新し続けている。

一時期に比べ、藤井ブームや将棋ブームは落ち着きを見せているが、2020年6月に史上最年少タイトル挑戦で再び大きな注目を集めている。

たぶん、芦田愛菜と並ぶ人生2週目の人。リアル強くてニューゲーム。

主な記録

  • 史上最年少で奨励会三段に昇段(13歳2ヶ月)
  • 史上最年少でのプロ入り。加藤一二三の記録を更新(14歳2ヶ月)
  • プロデビューから29連勝(歴代連勝記録28を更新)
  • 史上最年少で六段に昇段。師匠の杉本昌隆にあと一歩(15歳6ヶ月)
  • 史上最年少で七段に昇段。一時、師匠の杉本昌隆に並ぶ。(15歳9ヶ月)
  • 史上最年少で通算100勝達成(16歳0ヶ月)
  • 史上最年少でタイトル挑戦(17歳10ヶ月20日)

9(中)浅田真央

幼い頃から天才少女として注目を集め、圧倒的な人気を博した女子フィギュアスケート選手。2010年バンクーバー五輪では、銀メダルを獲得。

2014年ソチ五輪ではショートプログラムの不調が響き、フリーでは自己ベストとなる142.71点を出し、大きく巻き返すも6位入賞。

惜しくもメダルには手が届かなかった。しかし、浅田の魂がこもった演技は多くの人に勇気と感動を与えた。[8]

ソチ五輪後は休養宣言し、復帰続行の可能性については、「ハーフハーフ」と語った。残念ながらハーフハーフはあまり流行らなかったが、浅田は復帰しファンは大いに喜んだ。

金メダルの獲得こそならなかったが、間違いなく日本のフィギュアスケートブームの立役者の一人。また、とてつもなく好感度の高い国民的ヒロイン。

主な記録

  • 2010年バンクーバー五輪 フィギュアスケート銀メダル

先発 金田正一

“カネやん”の愛称で親しまれた元プロ野球選手。自称・180km/hのストレートと「2階から落ちてくる」と評されるカーブを武器に勝ち星を重ねた日本プロ野球史上唯一の400勝投手。

もちろん180km/hはリップサービスだ(と思う)が、金田のストレートが速かったのは事実のようで、ある選手から「投手と捕手との間隔が短過ぎるのではないか」というクレームが入ったこともあった(計測の結果はもちろん正常)。

そのほか、数多くのエピソードを残したプロ野球界のレジェンド。愛されていた・・・かどうかは不明だが、良くも悪くも昭和らしい記録にも記憶にも残こる選手。

主な記録

  • 最多勝利3回
  • 最優秀防御率3回
  • 最多奪三振10回
  • 沢村栄治賞3回
  • 14年連続20勝以上
  • 通算奪三振4,490(歴代1位、世界記録では、ノーラン・ライアン、ランディ・ジョンソン、ロジャー・クレメンスに次ぐ第4位)
  • 通算400勝(歴代1位)
  • 通算投球回数5,526回2/3(歴代1位)
  • 通算365完投(歴代1位)
  • 通算82完封(歴代2位)
  • 通算569先発(歴代4位)
  • 退場8回(歴代2位タイ)

エピソード ワンマン

強烈なワンマンとしても有名な金田。ある年のシーズンで、10年連続20勝という大記録達成のために島谷勇雄というピッチャーから勝ち星をかっさらったこともある(諸説あり)。

余談だが、島谷勇雄はその後、1勝もすることなく引退してしまったという・・・。さらに余談だが、金田の連続20勝の記録は14年まで続いた。[9]

中継ぎ 工藤公康

1981年ドラフト6位で西武ライオンズに入団した元プロ野球選手。4年目に最優秀防御率のタイトルを獲得。以降、数々のタイトルを獲得した超一流投手。

西武、ダイエー(現・ソフトバンク)、読売、横浜、西武と渡り歩き、3球団を優勝に導いたことから“優勝請負人”と呼ばれた。

また、背番号47番を左腕投手のエースナンバーとする風潮は、長らく47を背負い活躍した工藤の影響が強い。

2015年シーズンからソフトバンクの監督に就任し、6年間で2度のリーグ優勝(日本一4回)という圧倒的な成績を残している。優勝請負人は健在。

あらゆる栄光を手にしてきた工藤だが、意外なことに最多勝利のタイトルを獲得したことがない。

主な記録 選手編

  • 通算224勝(歴代13位)
  • 最優秀防御率 4回
  • 最多奪三振 2回
  • 正力松太郎賞 1回

主な記録 監督編

  • リーグ優勝2回(日本一4回)
  • 正力松太郎賞 3回(選手、監督の両方で受賞)

抑え 岩瀬仁紀

1998年に中日ドラゴンズを逆指名して2位で入団し、中継ぎとして活躍。2004年から抑えに転向。日本プロ野球を代表する中継ぎ、抑え投手。

長年にわたり飛び抜けた活躍をし続けため、中日ファンが中継ぎ投手・抑え投手に求める基準が高くなりすぎてしまった。中日ファンの中継ぎ・抑え投手へのハードルを上げた張本人。

優れた先発投手に送る『沢村栄治賞」に対して、優れた中継ぎ・抑え投手に送る“岩瀬仁紀賞”を作った方がいいと思う。

主な記録

  • 通算407セーブ(歴代1位)
  • セーブ王5回(歴代1位タイ)
  • 最優秀中継ぎ投手3回(歴代1位タイ)
  • 通算登板回数1,002回(歴代1位)

エピソード 岩瀬の代わり

どんなに優れた選手でも避けることができないのが衰え。偉大な成績を残し続けた岩瀬も例外でなく、2015年ごろからケガの影響や年齢などから「岩瀬もそろそろ引退か」と囁かれるようになった。

ところが、2017年に岩瀬は復活。崩壊した中日の中継ぎ陣に救世主として復帰した。ネットでは「(岩瀬を指して)岩瀬の後継者が見つかった」というのがネタになった。

エピソード 鉄腕

長年にわたる連投に耐えうるそのタフネスさから“鉄腕”と評されるが、実はチームで一番虚弱で風邪をひきやすい体質だった。[10](本人および落合監督談)

代打 前田慶次

本名・前田利益。前田利家、上杉景勝に仕えた武将。“末森城の戦い”や“長谷堂城の戦い”などで武功を立てた。天下一の歌舞伎者としてもおなじみ。

隆慶一郎の小説『一夢庵風流記』を原作とした、原哲夫の漫画『花の慶次 -雲のかなたに-』で一気に有名になった武将。

前田利家を騙して水風呂に入れたエピソードなどが有名で、天下一の歌舞伎者とされているが、それらの根拠となる史料は乏しく、残念ながら事実だという根拠はない。

代走 鈴木敏夫

『風の谷のナウシカ』、『天空の城ラピュタ』などの製作委員会として携わる。その後、スタジオジブリに移籍。以降、全作品のプロデューサーを務める。

宮崎作品・高畑作品の影に鈴木あり。愛知県にジブリパークができるのはこの人のお陰かもしれない。

守備 林修

「今でしょ」のたった5文字で大ブレイクした塾講師、タレント。幅広い知識と説得力のあるトークでバラエティで大活躍。

インテリタレントの代表的な存在だが、意外にも抜けているところがあり、クイズ番組で蜘蛛と解答しようとしたところ、蛛蜘と誤答してしまった。

これは、ネットで「蜘蛛が漢字で書けない」と叩かれることを避けるため、無理をして書いた結果なのだとか。意外にもネットの評価を気にしているようだ。

エピソード イチロー

かつて全国ネットのニュース番組でイチローについて尋ねられてところ、無難なコメントをした。

ところがその直後、イチローに興味がないことを綴った自身のブログを晒され気まずい思いをしたことがある。意外と面白いオジさんの活躍は当分続きそうである。[10]

監督 豊田章男

2019年度の自動車販売台数世界2位のメーカーにして、日本で唯一、経常利益2兆円を超える超巨大企業トヨタ自動車の社長。[11][12] またの名をレーシングドライバーのモリゾウ。

時代の流れからハイブリットカー、EVカー、水素カーといった地球に優しい車を開発している会社の社長なのに燃費の悪い車が大好きなオジさん。

まとめ

愛知県は三英傑が生まれた土地なので、戦国時代から江戸時代までの偉人が多数。そのため、愛知県出身の有名人打線には歴史上の偉人が多数入りました。

イチロー、鳥山明から始まる上位打線に、豊臣秀吉、織田信長、徳川家康という三人の天下人で構成されるクリーンアップの破壊力は日本一。

また、下位打線、投手陣も強力で隙がなく、最強打線の候補かもしれません。

その他にも打線に入りきらなかった偉人・有名人が多数いるので、簡単にご紹介します。

  • 柴田勝家/織田家筆頭家老、賤ヶ岳の戦いで秀吉に敗れる
  • 加藤清正/賤ヶ岳七本槍のひとり、熊本城を築城
  • 本多忠勝/徳川四天王のひとり、無傷、蜻蛉切
  • 服部正成/服部半蔵、半蔵門の由来
  • 山本勘助/武田家の軍師(?)、啄木鳥戦法
  • 伊藤みどり/アルベールビル五輪 フィギュアスケート銀メダリスト(日本人初)
  • 宇野昌磨/平昌五輪 フィギュアスケート銀メダリスト
  • 安藤勝己/元騎手、地方・JRAあわせて4,000勝以上
  • 赤星憲広/元プロ野球選手、盗塁王5回
  • 浅尾拓也/元プロ野球選手、名セットアッパー、イケメン
  • 槙原寛己/完全試合達成、バックスクリーン3連発被弾
  • 田村優/ラグビー日本代表
  • 吉田秀彦/バルセロナ五輪 柔道78kg級金メダリスト
  • 岩田剛典/三代目 J SOUL BROTHERS、EXILE、インスタのフォロワー275万人
  • 平野紫耀/国宝級イケメンランキング1位(殿堂入り)
  • 舘ひろし/石原軍団、ダンディー俳優、ラグビー
  • 東海オンエア/人気YouTuber

以上、『【都道府県】愛知県出身の有名人打線』でした。

出典一覧

*1 出典:文藝春秋BOOKS
*2 出典:Number Web
*3 出典:全巻ドットコム
*4 出典:エキサイトニュース
*5 出典:朝日新聞デジタル
*6 出典:ニコニコニュース
*7 出典:北國新聞 前田利家という人
*8 出典:朝日新聞デジタル
*9 出典:AERA dot. (アエラドット)
*10 出典:日刊SPA!
*11 出典:レスポンス(Response.jp)
*12 出典:日本経済新聞